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「あの元気な勘九郎少年が、、、」12.12.06  [時事問題]

 世は無常と云うか余りにも残念な,そして惜しみても余りある死である。

第18代中村勘三郎さんの死、あれほど明るくて元気だった人を襲った悲劇、

俄かには信じがたい話である。

勘三郎さんが、まだ勘九郎と名乗っていたころ、

それもまだ7歳ぐらいの時、私は岡山タクシーの運転手をしていた。

偶々駅前で客待ちをしていたとき、元気のよい少年と祖父かと思われる人が乗ってきた。

そして金光に行ってくれと云う。

まだ新幹線も通っていなかったころの話、ちょうど50年前の話である。

季節は春から夏に代わるころ、岡山駅から金光まではタクシーで大方一時間以上はかかる。

当時は勿論高速道路は無い。

東京から東海道線、山陽線と乗り継いで、岡山に来るのにどれほど時間がかかっただろうか、

それでも全然疲れた様子はなかった。

車は駅を出て二号線をずっと西に進んで行く、倉敷の街をこえ、

当時まだ玉島と云う市も残っていたがそれも越え、やがて金光町の社殿前に着く。

乗ってきた勘九郎少年は後部座席に座るひまもなく、窓際で目に付くものを手当たり次第、

あけはなに、これはなに、と次々に御付きの人に質問する。

御付きの方も余りの質問に閉口していたようだ。

やがて運転手の私に尋ねてくる。

こうなればまるでバスガイドだ。

いやはや元気のよい少年だった。

金光教とは町全体が神様の街の様なところ、

勘九郎さんたちがお参りしている間、門前に車を止めて待っていたが、ちょうど学生の下校時だった。

その門前を通過する小学生や、中学生は必ず正門前では帽子を脱ぎ、直立し深々と一礼して帰る。

そして傍で待っている私にさえ、ただいま帰りましたと挨拶をする。

そのご丁寧な挨拶にはこちらの方が恐縮する思いだった。

金光教は歌舞伎役者にとっては大切な神様、

幕末の三大宗教、黒住教、天理教と並んで神道13派の一つである。

特に歌舞伎役者の信仰は厚かった。

当時の中村錦之介、のちに萬屋錦之介と改名したが、中村鴈次郎さんも良くお参りしている。

あの元気のよい好奇心旺盛な少年は成長し、やがて父の跡を継いで18代勘三郎を襲名したが

、旺盛な探究心は新しき歌舞伎の限界を広げようとあらゆるものに挑戦した。

ニュヨーク講演などその最たるものだっただろう。

持ち前の明るさが誰からも愛される役者として尚将来を期待されていた。

本当に惜しい、まだ57歳だと云う、あの時の運転手は今や75歳になっても生きている。

人の世界は全く無常、老残を晒しているわが身と変わりたいくらい、

あと十年も長生きできれば、どれ程歌舞伎の世界を広げてくれたか、

どちらにしても死者が生き返ることはない。

ただただご冥福をお祈りするばかり、幸いにして御子息が既に後を継げるほど成長している。

あの大名跡も必ず復活するだろう。

それにしても勘三郎さんの印象より、あの元気な勘九郎少年の面影が忘れられない。

その死を聴いて涙があふれて止まらない。

改めて心からご冥福をお祈りする。
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真野真作

水の話になりますが、今天然水はサーバーからとる天然水よりもペットボトルで飲料されることをお進めいたします、現代のゼコウロウヤクと云われるメーカーサイズダウン天然水はポリィフィノールの粒子が小さく脳に酸素を送りやすい天然水であります、是非とも飲料水として仕様されることをお進めいたします、
by 真野真作 (2015-09-19 13:53) 

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