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「古き歴史を訪ねて」17.07.09 [歴史のこと]

今日は日曜日だ。

日ごろの喧騒を離れ、しばし悠久の昔に帰ってみたい。

日本の文化の中でも最も日本的なもの。

それはあの五重塔だ。五重だけではない、三重塔もあり、多宝塔という二階建ての物もある。

この際多宝塔は別に置くとして、五重塔、三重塔を訪ねてみたい。

その中で最も北にあるのは北海道札幌にあるが、

これは本願寺別院の物として建てられたもので北海道唯一の五重塔である。

次は青森県青龍寺にある五重塔、しかしこれは^平成8年建てられた現代の五重塔。

歴史的建造物とは言いにくい建物である。

次が善法寺の五重塔、寛文7年(1667,年)江戸期になって建てられたものである。

次に法光寺三重塔、ただし戦後昭和24年に建てられたものである。

岩手県に入って福泉寺五重塔、

しかし残念ながらもこれも平成になって建てられたもので新しいものである。

岩手県で本格的なものは普門寺三重塔。

これは文化6年(1809年)に建てられた本格的なものである。

秋田県では一基、日吉八幡神社の三重塔。

宮城県に入るとずっと賑やかになる。

西方寺五重塔、しかし残念ながらこれも戦後のものだ。

次が孝勝寺の五重塔。しかしこれ又新しく平静15年、何と西暦2千年を超えて建てられている。

いやはやどうして日本人はこうまで五重塔に魅入られるのか、

同県にある輪王寺三重塔、これも昭和56年の建立である。

次が東園寺三重塔これも昭和の建築物だ。

これも昭和52年とまだ新しい。

山形県に入ると海晏寺三重塔、これも今世紀になっての建立だ。

しかし尤国宝級の羽黒山の五重塔がある。

冬に入ると深深とした雪にうずもれ、夏は周りの木々に囲まれる。

応安5年(1372,年)の建立で歴史的にも堂々とした五重塔である。

次が善寶寺五重塔。これは維新後の明治26年に建てられている。

次が慈恩寺三重塔、家康が天下を取った慶長三年むに建てられている。

立石寺の三重小塔も建てられている。

が立石寺という看板も建物もない。

元亀2年(1571年)織田信長によって焼き討ちされている思えば災難続きの寺なのだ。

その都度延暦寺からもらい火をして引き継いでいた。

そして塔頭の一つである岩窟の中にひっそりと建っている。

高さ2尺9寸、つまり5.5メートルの小塔、勿論日本では一番小さいだろう。

奈良元慶寺からもらい火をして続いている。

つぎが山形県鶴岡市にある善宝寺にある五重塔、国の特別記念物である。

空海の竜神信仰に根差して建てられたものである。

真言密教の開祖空海、このほかにも多くの五十の党が建てられている。

本尊は薬師如来、しかしこれほど地震の多い国、しかし地震で倒れたという五重塔はない。

ただし室戸台風のような風速70メートルを超える台風で倒れた五重塔はある。

大阪の四天王寺にある五重塔は台風の風速70メートルの強風には勝てず、あえなく倒壊した。

その後鉄筋コンクリートで再建され、それがために国の重要文化財から外されている。

確かに立派な五重塔だが、なんだか薄っぺらい、

五重塔としての威圧感はない。

その他雷によって焼失した五重塔もある。

まだまだほんの序の口だが、全部を語るにはあまりらも多すぎる。

また次の機会に譲りたい。

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