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「治にいて乱を忘れるな」15.04.17  [至言 名言 箴言]

 この国にもロシアのプーチン大統領の様な強烈な指導者はでないか。

プーチンも一応民主的な選挙で選ばれたが、今や押しも押されぬ世界の指導者の一人だ。

何故この国はこれ程人材を失ってしまったのか、全てこの民主主義のお蔭だ。

民主主義にもいろいろある。

だがあの田中角栄が数は力だ、と云い始めて以来この国は劣化の一途をたどった。

圧倒的に政治は無頓着な庶民の一票を集める。

候補者は民衆の喜ぶことしか云わない。

自国がどれ程危険な状態にあろうとも、そんなことを云っては庶民は振り向かない。

かくてリップサービスの嵐だ。

それにまるで政治家が稼業のようになってしまった地方のボス、

先代から地盤と看板を受け継ぎ、国会議員に出る。

まるで県会議員の親玉のように。

この国はこの選挙制度で崩壊する。

そこにこの国を内側から崩そうと潜り込んだ他国の意思。

偽の帰化までして国会議員に忍び込む。

それに政教分離をうたった憲法にも違反した宗教政党、

今やその宗教からも破門され、単なる圧力団体でしかない。

でも元々が宗教を担いで立ち上げた政党、この憲法違反を一日も早く排除すべきだ。

悲しい事にそれがこの国の政治を担っている政党としがみつき与党を構成しているのだ。

兎に角数さえあれば良い。

今この国が直面する軍事的脅威に対しても与党内で足を引っ張る。

情けない政権政党の自民党、与党を組んでいる公明党は中国様のご機嫌ばかりしかとらない。

加えて自民党内の目立ちたがり屋、何だかんだと理屈を並べて中国様にすり寄る。

目の前の韓国ならいざ知らず、この国が自国を狙っている正面の敵にすり寄ることはないではないか。

かくのごとくこの民主主義はこの国を崩壊に導く。

さりとてロシアのプーチン大統領の様な強烈な指導者はいない。

少しでも出て行こうとすると出るくぎは打たれるとばかりに叩き潰す。

小異を捨てて大道に着くなんて言葉は死語になってしまった。

何時になればこの国の政治は安定するのか、この民主主義では不可能であることは実証された。

後は一時的にでもクーデターを起こしてでも真面な国にしなければならない。

あの維新の時、どうしても攘夷を叫んで開国に反対していた孝明天皇を暗殺してまで開国した。

それと同じく非常の手段を取らなければこの国は真面な国になれないのか。

兎に角言論の自由にも責任がある無責任に言いたい放題言う左翼。

一体この国を他国に売り飛ばしたいのか、

誰かロシアのプーチンのごとく救世主は現れないのか、全く人材の枯渇した国、

国民は商売人の手に乗せられ踊り狂っている。

それがこの国の運命を握っているのだ。

老い先短いこの年寄りは幾多の経験をし、幾多の苦難を乗り越えてきた。

こんな平和がこのまま続くはずがない。

必ず一度は戦争に追い込まれる。

平和はお願いすれば実現できるものではない。

目を覚ませ、と云っても空しいばかりだが、間違いなくこの国は戦争に巻き込まれる。

非常時の容易と心構えだけは忘れてはならぬ。

治にいて乱を忘れるな、また乱にいて治を忘れるな、、、、。

「政治劣化のスパイラルに陥った國」10.07.13 [至言 名言 箴言]

「敗れて尚党内事情」「「誰も責任をとらない」等々、

新聞紙紙上を賑わす言葉が氾濫しているが、

どうしてこの國はそこまで劣化してしまったのか、

ついに国家意思の決められない國に陥ってしまった。

こんな事では何回選挙をしても同じ。

成立一ヶ月程度でやむを得ず、選挙をしなければならなかったのが、

新首相の不幸だが、全て先の内閣の大失敗、

そしてあの幹事長も同罪なのに、又今回の大敗の責任者であるにもかかわらず、

まるで自分には罪がないようなことを云う。

そして巷間で物書きを商売とする評論家達が、

奇をてらってその張本人、先の幹事長に又出てきて貰って政治を任すしかない。

と書いて世の関心を引こうとする。

そして前幹事長と共に不遇を囲った三下共、それ見たことかと、

この失敗を再起のチャンスにしようと喚きたてる。

だが大敗を喫した新首相も奇妙奇天烈な理屈をこねて、責任転嫁を計る。

まるで狐と狸の化かし合い。

やっと国民はあの国賊法務大臣を放逐できると喜んだのに、

それをそのまま居つかせるなんて、民意を裏切るにも程があるだろう。

かくのごとく国家のことより自党の利益。

前は一年ごとに首相が入れ替わっていたが、今回は約一月だ。

アメリカや西欧から馬鹿にされるのは致し方ないにしても、

目の前の半島から、しかも国民を拉致されている北半分から馬鹿にされ、

からかわれ、脅かされるなどまったく穴があれば入りたい気分。

この國は先人達が営々と築き上げ、滋味深き数々の名言箴言を残してくれた。

一刻も油断のならない世の動きに、「治にいて乱を忘れるな」と警告を発し、

そして経済でも「入るを計って出るを制する」と、

又「何時までもあると思うな親と金、ないと思うな運と災難」等々。

それ程文化程度の高い國だったが、あの敗戦を堺にして、

それらの良き物は全て取り払われ、やれ自由だ、やれ人権だ、

と馬鹿になるように、馬鹿になるように洗脳されてしまった。

かくて公は軽んじられ、秩序は無視され、道徳は地に落ちてしまった。

そしてあのバブルがはじけ、リーマン・ショックが襲ったにも関わらず、

今だ政党間の争いに終始、国家の行く末を見ようとしない國になってしまった。

その間にもこの國を取り巻く国際情勢は一刻も止まらない。

まったく党利党略があって国家のない國。

国家意思の決められない國がこの目まぐるしい世界を渡っていけるだろうか、

それを恣意的に操っている集団がこの國には住み着いている。

所謂左翼、彼等はこの國が混乱すればするほど陰で笑っている。

そして党利党略で国賊法務大臣に、

党の副幹事長という要職にそれらの人間を配している。

そして陰険にもその体制を引いた前幹事長の復活を願っている。

もし本当に復活したらどうなると思うか、

そろそろ基本的なことに手を入れなければこの國の将来はない。

所詮この政治システムで笑っている政治家に、それを改革しろと云っても無理な話。

さりとて国民に立ち上がれと言ってもそれ以上に無理な話。

ついにはこの劣化スパイラルで滅亡か、。

「真の傍若無人と傲岸不遜は違う」07.11.12 [至言 名言 箴言]


如何にも日本的な混乱が政治を歪めている。

小沢乱心以来、一層其の混乱に輪を掛けた。

でも小沢さんがあれほど人情家とは思わなかった。

凄腕だとか、破壊屋だとか云われるが、最早年寄りの老耄以外にない。

本来政治を志す人間は冷徹でなければならない。

人情など、人を丸め込むときの戦法、

その意味でははるかに福田さんの方が上、悲しいかな、国家戦略がない。

政治を混乱させない手段は知っているが、

この國をどうしたいか、この混乱きわまりない国際社会の中で、

如何にあるべきかの国家百年の計がない。

その意味では前首相安倍さんの方が遙かに志は高い。

残念ながらこれも一方があってもう一方を欠いていたので、絵に描いた餅になってしまったが、、。

かくもこの國には人が出てこられないのだ。

決して人がいないという事ではない。

原因は云うまでもないこの民主主義、中身を問わない一票の恐ろしさ、

平等にも、自由にも反対するものではないが、ものにはやり方、方法があるだろう。

さて小沢さんこの希有の政治家、たった一つのボタンを掛け違えてしまったために、

いまだに在野で恥をさらしている。

この人のウィークポイント、公明党嫌い、その気持ちは分かるが、

あれだけの凄腕を持ってして、もこの妖怪政党はどうにもならないのだ。

どちらが悪いかではない、どうしてこの妖怪を撃滅するか、

時に敵の懐に飛び込んで、内側からでも崩さなくてはならない。

臥薪嘗胆が足りない。歳から来る焦り分からぬではないが、

連立という政治手法を知らない烏合の数は、訳も分からず反対を叫んだ。

意思なき数は何時どちらに傾くかも知れない。

この前も小泉旋風に煽られて、あれだけのチルドレンを生んだ。

今度は年金に走らされ、野合野党にあれだけの数を与えた。

さすがに小沢さんは、それが所詮野合であることを知っている。

思惑とは反対の方に反対の方に事は流れてゆく、

さりとて数を集めるのはあれしか方法はなかった。

極限まで行って、最後にたどり着いたのが、連立だ。

もしこれが失敗しても、俺が出ていくと云えば、野合を黙らせると踏んだ。

そこまでは良かった。最後の手段、心を鬼にしてコアを集めて独立すれば、

キャスティングボードを握れると読んでいたからだ。

何故それを強引にやらなかった。それこそ政治家の本当の力だ。

時に泣いて馬謖を切る、冷徹さも必要ではないか、それをすがり付く声に惑わされる。

これで政治家と云えるか、名君も老いらくの恋で身を誤った、

玄宗皇帝の楊貴妃のようなものではないか、恋ではなかったが、数に迷った。

数が全てのこの政治世界、その数に迷わされた。

数は少なくとも、政治の世界を変えられる、という現実が見えなくなっていた。

それは既に老耄だろう。真の政治家とはその脱人情にある。

政治家とは真の傍若無人にある。これ傲岸不遜とは違う。

目的のためには人情は不要、その人情がこの國を潰す。

小沢不成、無慮国不成、、、


「名言、至言、箴言を如何に、、」07.10.19 [至言 名言 箴言]


デカルトは云った。「我思う故に、我あり」と、、

哲学者パスカルは云った。「人間は考える葦だ」と、、

フランツ・カフカは云った。「人間は虫のメタモルフォーゼ、変身だ」と、

ネストル殿は云った。「人間の心は暗い森だ」と、

サルトルは云った。「人は神によらずして、如何に神たりえるか」と、

カミュは、シジフォスに云わせた。「終わりなき労働、この無益な労働、それこそ人生だ、それですべよしだ」と、

家康は云った。「人生は重き荷を背負いて道を行くが如し、九十九里をもって半ばとすべし」と、、

信長は云った「ええい面倒くさい、全部壊してしまえ」と、そして明智ならば「是非もなし」と云って去った。

光秀は云った。「仏の嘘は方便、武将の嘘は戦術」と、

ブルタークは云った。「戦争とはお金の糸筋のことだ」と、、

ナポレオンは云った。「愚者は過去を、賢者は現在を、狂人は未来を」と、、

アリストテレスは云った。「良き立法者たちは、正義よりも友愛に心を用いた」と、、

チャーチルは云った。「我が国を取り巻く国は、全て仮想敵国だ」と、、、

カエサルは云った。「来た、見た、勝った」と、そして「ブルータスお前もか」と言って消えた。

ハンニバルは勝つために、無言で、象にアルプスを越えさせた、

そしてカルタゴなる商人国家は消え去った。

マルクスは云った。「太陽の光と、空気と、水と、土地は人類の共通の財産だ」と、、

マッカーサーは最後に云った。「老兵は死せず、ただ消え去るのみ」と、、

ベートーベンは云った。「もう聞こえぬ」と、

ゲーテは云った。「もっと光りを」と、

現代の日本の平和主義者は、北朝鮮の「キンコウ」にだって、

「何てったったって話し合いですよ」とほざいた。

かくのごとく、先人、賢人達は名言、至言、箴言を残している。

にもかかわらず、この世は誰一人この言葉を生かしていない。

この世に真実があろうか、人間は飢えれば人の肉でも喰う、

人とはそんな綺麗なものではない。

やはり動物の一種、生存本能が先にあり、知恵が後から付いてくる。

知恵とは騙し合い、所詮それが人間の本質、綺麗事なんか、夢の中のささやきである。

今又資本主義者が、新たなる悪知恵を考え出している。

戦争をも銭儲けの材料に使っている。

こうなれば名言も箴言も空しい。敵の敵は味方であった。今や敵の敵は敵である。

この世は一瞬先は闇、それにひたすら,一条の光りを求めて歩いている。

滑稽である。哀れである。幻想を求めて走るピエロである。そのピエロを操る巨悪がいる。

姿を見せない巨悪、どおせ一銭も、寸分の土地も持って死ねないのに、

そうすると巨悪自身がピエロである。

人生はうたかたの夢、わずか百年足らず、

悲しいかな知識は知識を生み、知恵は知恵を巡らす。

狡猾にはなったが、人の知恵とは万年前と変わらぬ、

先人の知恵を生かす道や、今や無しである。我々は子孫に何を残す。

この心索漠たる砂漠をか、地雷の埋まった土地をか、核兵器で絶滅をか、、、


「哲学なくば、名言又なし」07.06.20 [至言 名言 箴言]


今日の話題は決まった。

それは一言、王貞治監督の「敵と戦う時間は短い、自分との戦いが明暗を分ける」正に至言である。

私も六十代半ばまで敵と戦ってきた。遂に病の前に医者からも「TKO」をだされ、退場を余儀なくされたが、心は今だ無数の敵と戦っている。

王さんには自己と言う敵がいた。

長嶋さんには、自己という心の敵はいなかったであろう。

あの険しい目、あの勝負に出た時の厳しい表情、鍾馗さんでもたじろぐ、鬼気迫る顔、そして結果を出したときの選手の迎え方、あれだけ現役の時の表情との違いを私は知らない。

現役の時は近寄りがたい勝負の鬼だった。

あれだけ本塁打を打っても、まだ自己を進めようとしていた。

あのストイックな迄の探求心、あのころこの人は、コーチすらも厳しすぎて、

通用しないのではないかと思われていた。

回りの人が近寄りがたい、厳しさを持っていた。

実績に対する恐れ多さもさることながら、妥協を許さない野球に対する姿勢、天才長嶋とは対照的な秀才でだった。

事実巨人では監督は長続きしなかった。

ダイエーと言う広いグランドに迎えられ、

ソフトバンクの孫さんという理解者を得て、彼なおも研鑽の果てに今日を築いた。

死を乗り越えるような病気を克服して、不死鳥の様に蘇った。

それも一番負担の掛かる胃の手術

経験上、少々の出来事では動じなかった私でも、ここ一番の時は、胃が一番痛んだ。

あの人に転落は許されない。

その責任感を誰よりも一番持った人、

それがどれだけ自分を苦しめただろうか、加えて最愛の伴侶を亡くされ、想像に余る苦しさを越えてこられた。

そうなのだ、真面目に生きようとすれば、するほど大石は覆い被さる。

いや大石などと言うものではない、全地球の重みを一人で差さえ上げる様な、アトラスをも思わせる苦しみである。

決して王さんの現役時代は短い方ではない。

あれだけ野球界の頂点を走り続けてきた現役時代、

それをも越える指導者としての年月、そしてその実績、だだ、ただ、頭が下がるだけ、

その彼の実感の言葉、心して聞かずして、頭を垂れずして聞かずば、人の心知らずであろう。

人は苦労の果てに磨かれる。その苦難に正面等立ち向かった現代の侍。

そして武将、この真摯さを持っている人が何人いるだろうか、

況わんや一票のために国民の目顔ばかり見ている政治家、爪の垢でも飲ませて貰えばよい。

いやそれを云うには、政治家も可哀相な面もある。

大衆迎合主義の現在の民主主義にもある。

勝負の世界だから彼も際立っている。

それにしても世界の「王貞治」、人生に於けるこの至言、時に箴言としても心に刻みたい。


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